グスタフ・クリムト

「パラス・アテナ」1898年

戦争の女神のアテナは、全知全能の神ゼウスと、知恵の女神メーティスの子ですが、驚くべき出生譚を持っています。

 

地母神ガイアと、天空神ウーラノスは、出来た子供が男児であれば、ゼウスの地位も脅かす聡明な子供になると予言した為、王座を奪われる事を恐れたゼウスは、身篭ったメーティスを飲み込んでしまいます。

 

しかし、子供が生まれる月になると、ゼウスは耐えられない頭痛に襲われ、鍛冶の神へーパイストスを呼び、自分の頭を斧でかち割るように命じます。

 

ヘーパイストスが斧でゼウスの頭をかち割ると、そこから武装した姿で雄叫びをあげて生まれてきたのが戦争の女神アテナで、ゼウスの頭から生まれてきたのは、知恵を象徴する女神だからだと言われます。

 

ギリシャの首都アテネは、この女神から付けられた名前です。

 

海の神ポセイドンとギリシャの首都の主導権を巡って争いになった時に、ポセイドンは人々に泉を贈り、アテナは泉の辺に生えるオリーブの木を贈ったとされ、人々はアテナを守護神に選んだと言われます。

 

ミュンヘン分離派のフランツ・フォン・シュトゥックが、美しさや優しさを表現したアテネの作品「パラス・アテナ」を発表していましたが、クリムトは、この絵とまったく同じ構図で、まったく違う雰囲気の作品を創りあげます。

 

威厳に満ちたクリムト版「パラス・アテナ」です。

 

ウィーン市立歴史美術館が所蔵しています。

 

無言の威圧感というのでしょうか?

 

神様というのは、本来、こういう近寄りがたい存在なのかもしれないと妙に納得させられます。

 

アテナの目は、グラウコーピス(灰色の瞳を持った者)とも呼ばれ、見るものを石に変えるメデューサの邪眼の能力を引き継いだ事を象徴しているのだと思われ、目が強調的に描かれている作品だと私は思います。

 

メデューサを倒す為に、ペルセウスに鏡のように磨かれた盾を与えたのも彼女で、戦争の知略に長けた女神でもあり、彼女の持つアイギスの盾には、メデューサの首が飾られていると言います。

 

胸甲に舌を出してディフォルメされた顔がメデューサの首のようです。

 

この舌を出したメデューサの表情は、新しい芸術に理解を示さない伝統主義者(キュンストラーハウス)を表したものだと言われています。

 

クリムトはウィーン分離派の画家で、裸体を描いた事で保守的な人々や、伝統主義者から大批判を受けた経験があり、過去の様式に捉われない総合的な芸術運動を目指しました。

 

絵の中のアテナの左腕の黒の背景には、彼女の知恵の象徴である梟(ふくろう)が描かれ、右手には勝利の女神であるニケの像を持って描かれています。

 

これは、パルテノン神殿にあったアテナ像を忠実に再現したもので、アテナの随神がニケである事を象徴しているのですが、問題なのは、その像が裸だということです。

 

「裸」で翼も無く、フランツ・フォン・シュトゥックの描いたニケの像とは対照的で、まるで愛と美の女神アプロディーテーのようでもあります。

 

その後に描かれた真実を教えてくれる蛇に魅せられたイヴをモチーフにしたものだと思われる「ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)」へとも繋がっていきます。

 

ニケは有翼の女神で、スポーツ用品のナイキのロゴは、ニケの翼をモチーフにしたものです。

 

翼は自由を表します。


元は、ゼウスの随神だとされましたが、アテナが生まれてからはアテナの侍女になったとされ、アプロディーテーの子供とされるエロス(キューピッド)とも同一視される神様です。

 

クリムトの絵は、写実的な人物描写に、金と幾何学的な模様を融合させた装飾的な作品が多く、「黄金様式」と呼ばれました。

 

その作品の多くのテーマは、「生」と「死」と、それを繋ぐ「愛」という重々しいもので、それを「装飾」と「エロス」で表現するという大胆なものでした。

「ダナエ」1908年

この絵も、ギリシャ神話がモチーフで、ゼウスが金の雨に姿を変えてアルゴスの王女ダナエと交わるシーンを表現したものです。

 

ウィーンのヴュルトレ画廊が所蔵しています。

 

両足の間を金の雨が流れている様子が描かれ、特徴的なのは、ダナエが胎児のように恍惚な表情をしていることです。

 

まるで、次の命が生まれてくることを暗示しているかのような安らかな表情で、少しもいやらしさを感じません。

 

彼女の子供が、メデューサを倒したペルセウスです。

 

「ペルシアから来たもの」という意味で、後に「ミカエル」としてキリスト教に取り入れられる天使の長で、「ミトラ」という太陽神です。

 

クリムトの絵の魅力は、独特なモザイク装飾と、生命感を感じさせる人物の表情にあるのだと思います。

 

写真などで、クリムトの顔を拝見すると、容姿は、決して良いとは言えない男性だと思うのですが、絵が神秘的で、才能が豊かだったからか、女性の人気が高ったようです。

 

クリムトの家には多い時には15人の女性が寝泊りをしていたと言われ、その多くの女性が裸婦モデルをつとめ、愛人関係にあり、非嫡出子の存在も多数判明しているそうです。

 

クリムトは女性に優しく、モデルになった女性を描く時に、実物以上に美しく描いたとも言われています。

 

男性に身を任せる女性の危険な恋を描いた「接吻」が好きな方が多いようです。

 

生きている時代に有名になった数少ない画家の一人でもあり、個性的な作風でいて、沢山の入口を持つ珍しい画家でもあります。

 

入口が多様だという事は、人気が出やすいという事に直結します。